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日本史・世界史の怖い話教えて

日本史・世界史の怖い話教えて
1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 18:45:06.50 ID:YPwPwY290
オカルト系でも残虐系でもなんでもいい 平将門の将門の首が空に飛んで行ったとかそういう有名なのでもOK
日本史・世界史の怖い話教えて
引用元:日本史・世界史の怖い話教えて
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1376214306/


1:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 18:45:06.50 ID:YPwPwY290


オカルト系でも残虐系でもなんでもいい

平将門の将門の首が空に飛んで行ったとかそういう有名なのでもOK

首の伝説
「太平記」に、さらしものになった将門の首級(しるし、しゅきゅう)の話が書かれている。将門の首は何ヶ月たっても腐らず、生きているかのように目を見開き、夜な夜な「斬られた私の五体はどこにあるのか。ここに来い。首をつないでもう一戦しよう」と叫び続けたので、恐怖しない者はなかった。しかし、ある時、歌人の藤六左近がそれを見て
将門は こめかみよりぞ 斬られける 俵藤太が はかりごとにて。
と歌を詠むと、将門はからからと笑い、たちまち朽ち果てたという。
また、将門のさらし首は関東を目指して空高く飛び去ったとも伝えられ、途中で力尽きて地上に落下したともいう。この将門の首に関連して、各地に首塚伝承が出来上がった。最も著名なのが東京千代田区大手町の平将門の首塚である。この首塚には移転などの企画があると事故が起こるとされ、現在でも畏怖の念を集めている。
御首神社に伝わる話では、将門の首は美濃の地で南宮大社に祭られていた隼人神が放った矢によって射落されてしまう、落ちた場所に将門を神として崇め祀り、その首が再び東国に戻らないようにその怒りを鎮め霊を慰めるために御首神社が建てられたという。

http://ja.wikipedia.org/wiki/平将門



3:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 18:46:01.13 ID:x48yJKvP0


子供十字軍

4:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 18:47:41.64 ID:YPwPwY290


>>3
しかもどこに行ったか不明なんだっけ?


10:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 18:54:55.39 ID:incf5TL/0


>>4
悪い商人に騙されて奴隷として売り飛ばされたり船が嵐で沈んだり


少年十字軍
十字軍の主体は栄誉と金品・土地を求める諸侯や騎士が中心であったが、説教師に煽られた熱心な信仰者など民間人も参加することが多かった。少年十字軍もそのような熱心な民間人の遠征隊の一つで、北フランスの少年エティエンヌが「神の手紙」を神から手渡され聖地回復をするようお告げがあったと説いて回り、それに感化された少年少女らが集まり結成された。最終的には数千人から2万前後の少年少女が集まったといわれている。
マルセイユへと出発した彼らだったが、聖地へ向かうための船がなかったのは勿論のこと、満足な遠征費すら持ち合わせていなかった為、大抵極めて酷い食糧事情だった。無償で船を提供すると接近してきた商人の支援により聖地へ向かったものの、7隻の船のうち、2隻の船がサルディニア島付近で難破、無事だった船もアレクサンドリアで奴隷商人の手に渡ってしまうという悲劇的な結末となった。ドイツでも、狂信的な青年ニコラスに煽られた少年達が同様の悲劇に巻き込まれている。エティエンヌの少年十字軍が平均年齢12歳程度だったのに対し、こちらは15歳程度だったとされる。
なお、ニコラスはイタリアを目指し、アルプス山脈を越えてローマにたどり着いたが、教皇の説得によって故郷へと引き返した。結局、彼を含め故郷に戻れた仲間はほんのわずかであったという。

http://ja.wikipedia.org/wiki/少年十字軍



5:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 18:50:41.11 ID:sq245ahX0


エジプトのピラミッド発掘に携わった人の怪死

46:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 20:50:08.39 ID:AxhyCYag0


>>5
クレオパトラだっけ?

でもあれ花束乗ってて感動的な話だよな


王家の呪い
エジプト王家の墳墓を発掘する者には呪いがかかる、という信仰。ファラオの呪い、ツタンカーメンの呪いとも呼ばれる。
実際に人間が数名急死しており、少なくとも単なる偶然だとは考えられないため、それが呪いによるものかどうかはともかくとして、多くの人が関心を寄せ、その原因について考察する人々がいた。
一説では、死亡した発掘関係者の多くは高齢者で実際に不遇に死んだ関係者は少数であり更にその多くがこじつけといえるようなものであったとする。
また、呪いの話はロンドン・タイムズに報道を独占させたカーナヴォン卿に恨みを抱いたとしたり、人々の好奇心をあおりたかったマスコミの喧伝に過ぎないとした人もいる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/王家の呪い



6:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 18:51:16.12 ID:Xx0NqGC40


サンダカン死の行進

サンダカン死の行進
1942年、ボルネオ島東北に、空港建設を進める為にボルネオ捕虜収容所の分所として設置されたサンダカン捕虜収容所(所長:星島進大尉)には、1943年秋の時点で、オーストラリア兵1800人、イギリス兵700人、計約2000人が収容されていた。
当初は、サンダカン収容所やボルネオ島の各収容所における捕虜の扱いは、人道的であった。捕虜は飛行場建設に使役されるなどし、また労働には賃金も支払われていた。売店の運営も許され、監視も緩やかだった。こうした扱いには、敗戦後に自殺したボルネオ捕虜収容所の最高責任者・菅辰次大佐の影響があったとされる。
しかし、捕虜の逃亡や、ライオネル・マシューズ中尉が地元住民と協力して反乱を計画した「サンダカン事件」が発生し、監視が厳重になる。なおオーストラリア軍では、逃亡の試みを捕虜の義務としていた。これは「生きて虜囚の辱めを受けず」の戦陣訓を持つ日本軍とは相容れないものであった。
その後、戦局の悪化によるさらなる厳罰化、南方軍司令部からの命令による食糧の配給の削減(当初一人一日550~700gの米と400~600gの野菜が支給されていたが、1945年1月には米200~300gに削減。しかし実際には米100gとわずかな野菜しか支給されなかったという)、医薬品不足などにより待遇は悪化。過酷な使役に加え、伝染病、栄養失調が蔓延。病死により1944年末には既に計1600人になっていたとされる。
殺害されたオーストラリア兵の一人にポール・キーティング第24代オーストラリア首相のおじがいたと報道されている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/サンダカン死の行進



8:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 18:54:07.09 ID:RoTDBQaTO


ロシア史あたりを勉強するといい

12:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 18:57:56.20 ID:YPwPwY290


>>8
ロシア史といえばラスプーチンが謎すぎる
拳銃で頭撃たれた後に川に投げ込まれたけど、死因は溺死らしいし



http://ja.wikipedia.org/wiki/グリゴリー・ラスプーチン

15:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:02:20.35 ID:Y7W2k6g40


>>12
頭撃たれても脳幹に問題が無ければ生命活動はできるぞ。




9:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 18:54:39.68 ID:myNi68+j0


怖い話では無いかもしらんが熊本の田原坂は心霊スポットで有名
田原坂公園には戦士した兵の名が刻まれた墓碑が、その近くには墓地がある
夏にはカップルなどがよくドライブに来る

11:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 18:55:22.22 ID:XE/mkcr30


>>9
西南戦争関連か?


14:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:01:02.65 ID:myNi68+j0


>>11
そう、西南戦争の一番の激戦区だったからね


25:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:16:46.58 ID:7EYi+LsN0


>>9田原坂は地元だから良く知ってるけどやめた方がいいな




16:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:03:17.15 ID:x48yJKvP0


芥川龍之介のドッペルゲンガー

芥川龍之介
殺を考えていたのか、自分のこれまでの人生を見直したり、生死に関する作品が多く見られる。初期より晩年の方を高く評価する見解も示されている。「一塊の土」など、これまでと比べ現代を描くようになるが、台頭するプロレタリア文壇にブルジョア作家と攻撃されることとなる。この頃から告白的自伝を書き始める(「大道寺信輔の半生」「点鬼簿」など)。晩年の代表作「河童」は、河童の世界を描くことで人間社会を痛烈に批判しており、当時の人々に問題を提起した。
「歯車」の内容から、晩年には自分自身のドッペルゲンガーを見たのではないか、また、片頭痛あるいはその前兆症状である閃輝暗点を患っていたのではないか、という説がある。



19:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:05:46.42 ID:mrDDXsso0


アイアンメイデンでお馴染みのエリザベート・バートリー


http://ja.wikipedia.org/wiki/バートリ・エルジェーベト



21:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:08:29.23 ID:mtXAeHO90


幕末明治の日本に凄い予言者がいた
西郷隆盛や江藤新平、伊藤博文の死を予言してたらしい

22:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:11:00.63 ID:YPwPwY290


>>21
高島嘉右衛門だな
予言者というより易者


高島嘉右衛門
嘉右衛門は、実業家としても有名だが、易断による占いでも特に有名で、今でも「易聖」と呼ばれている。 安政の大地震の数日前、嘉右衛門の周りで奇異が起き、弟より理由なく釜が鳴ったのを聞いて、幼少時に学んだ易経に従って卦を立てたところ「火」に関する卦を得たため大火が起こることを予知して大量の材木を買収、数日後に大地震が発生。
出獄後のほとんどの事業で卦を立て、それに従って成功してきたとされる。また政府高官も征韓論など政治の重要な事は嘉右衛門に占ってもらう者が多かったという。日清戦争、日露戦争の占いは国民新聞や報知新聞にも掲載された。日本に亡命していた金玉均や朴泳孝も嘉右衛門の世話になっており、門人として易も習っていたようである。
西郷隆盛、大久保利通、伊藤博文の死期の卦までも立てたといわれている。特に伊藤の時に立てた卦は艮が重なる艮為山で、重艮が安重根を指しているとして、暗殺者の人名も当てたとされている。しかし伊藤の死を予見しながらも、伊藤の決意を翻すことができなかったことから、これ以後、他人を占うことはなかった。
また自らの死期を予知し、生前に既に死期を記した位牌も持っていたとされ、その予知通りに死去。墓所は赤穂浪士の墓所でもある泉岳寺。戒名は「大観院神易呑象居士」。

http://ja.wikipedia.org/wiki/高島嘉右衛門



24:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:16:09.92 ID:6DDApLKq0


どこからか人を誘拐してきてタダ働きさせて食糧がもったいないからと何も食わせずに死んだら埋めて作った万里の長城



26:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:24:34.79 ID:LUM7sIku0


三島由紀夫の予言




27:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:26:39.96 ID:Y657hrQx0


ギロチン発明前の斬首は結構失敗してて首筋に何度も何度も斧を振り下ろすハメになること多かった
処刑人が同情するのか女性ほど失敗する傾向があって
メアリ・スチュアートの処刑風景なんてかなり悲惨だった…しかも衆人環視

48:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 20:52:05.64 ID:AxhyCYag0


>>27
処刑人は皮一枚残して首が転がらないように練習したらしいな




31:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:39:28.52 ID:zmgqRkzs0


悪源太が死後雷になって平家の重鎮殺した奴

雷伝説
源義平が平清盛の尋問を受けた際、義平は「生きながら捕えられたのも運の尽きだ。俺ほどの敵を生かしておくと何が起こるかわからんぞ、早よう斬れ」と言ったきり、押し黙ってしまった。義平は六条河原へ引き立てられた。太刀取りは難波経房。「俺ほどの者を白昼に河原で斬るとは、平家の奴らは情けも物も知らん。阿倍野で待ち伏せて皆殺しにしてやろうと思ったのに、信頼の不覚人に従ったためできなんだのが悔やまれるわ」と憎まれ口を叩くと、経房へ振り向き「貴様は俺ほどの者を斬る程の男か?名誉なことだぞ、上手く斬れ。まずく斬ったら喰らいついてやる」と言った。「首を斬られた者がどうして喰らいつけるのか」と問うと、「すぐに喰らいつくのではない。雷になって蹴り殺してやるのだ。さあ、斬れ」と答えて義平は斬首された。享年20。それから8年後、難波経房は清盛のお伴をして摂津国布引の滝を見物に行った時、にわかに雷雨となり、雷に打たれて死んだという。

http://ja.wikipedia.org/wiki/源義平



32:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:42:23.93 ID:oCBaW2vkO


残虐系だと劉邦の奥さんがかなりキテるな。
夫の死後、愛妾を四肢切断して目ん玉えぐって豚小屋=便所に放り込み、それを自分の息子に嬉々として見せびらかしたとか。
ちなみにその子も上記の事件がきっかけか、精神病んで夭逝しちゃった。



33:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:42:37.47 ID:llT5WQI+0


1985年9月27日 東大阪市の自販機
中学生が、ドリンクを飲んで「変な味がする」と警察に訴えて入院。
後に、自らが殺虫剤を混入し、飲んだことが判明。
動機は、「連続事件の犠牲者として入院すれば、同情したクラスメイトらが見舞いに駆けつけてくれる」というもの。
  しかし誰も見舞いに来なかった。

47:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 20:51:13.30 ID:RkltsRyH0


>>33
ミュンヒハウゼン症候群だな


ミュンヒハウゼン症候群
虚偽性障害に分類される精神疾患の一種。
ミュンヒハウゼン症候群には、虚偽の病気に罹患している対象が患者自身であるミュンヒハウゼン症候群と、近親者(母親の子供に対するケースが多いが、配偶者などのケースもある)を病気に仕立て上げる、代理ミュンヒハウゼン症候群の2種類が存在する。
厚生労働省の平成20年度の統計によれば、心中以外で虐待死した児童67人中4.5%にあたる3人の児童が代理によるミュンヒハウゼン症候群により死亡しており、決して無視できる数字ではない。  

http://ja.wikipedia.org/wiki/ミュンヒハウゼン症候群



34:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:43:55.10 ID:mQcIbA5B0


フランス王シャルル6世の娘イザベラは7歳でイングランド王に嫁いで
11歳にして未亡人になった


http://ja.wikipedia.org/wiki/イザベラ・オブ・ヴァロワ



35:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 19:47:20.81 ID:Y657hrQx0


明の太祖・朱元璋は建国後功臣達を殺しまくったけど
文書の中に「光」という文字を使っただけで本人はもちろん一族ごと皆殺しになった人がいる
朱元璋は昔乞食坊主で頭丸めてたことあったんでそのことを遠回しに馬鹿にされたと思った模様

朱元璋
洪武14年(1381年)、文字の獄と呼ばれる大弾圧を行った。「光」「禿」「僧」などの字を使っただけで、洪武帝が昔僧侶であったことをあてこすったとされて薛祥ら功臣が殺され、かつて洪武帝が盗賊まがいのことをしていたので、「盗」の字と同音の「道」、「僧」と音の近い「生」の字を使った者がそれだけで殺された。

http://ja.wikipedia.org/wiki/朱元璋



39:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 20:11:49.51 ID:YdF/sP6O0


ポルポト

40:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 20:28:36.53 ID:YPwPwY290


>>39
手がきれいなだけで処刑だからな





41:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 20:29:33.82 ID:XXE47Ytj0


鳥取城 兵糧攻め

42:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 20:36:22.71 ID:YybEdRcf0


>>41
人の肉食ったらしいな


秀吉の鳥取城攻略戦
秀吉は播磨・三木城攻め(三木合戦)で行った兵糧攻めをここでも実施した。 陰徳太平記によると、秀吉は若狭から商船を因幡へと送り込み米を高値で買い占めさせる一方で、河川や海からの毛利勢の兵糧搬入を阻止した。 このとき城には20日分の兵糧しか用意されておらず、この作戦により瞬く間に兵糧は尽き飢餓に陥った。 何週間か経つと城内の家畜、植物などは食い尽くされ、4か月も経つと餓死者が続出し人肉を食らう者まで現れた。 信長公記には「餓鬼のごとく痩せ衰えたる男女、柵際へより、もだえこがれ、引き出し助け給へと叫び、叫喚の悲しみ、哀れなるありさま、目もあてられず」と記されている。 城主・吉川経家はこの凄惨たる状況に、自決と引き換えに開城した。

http://ja.wikipedia.org/wiki/鳥取城



43:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 20:40:54.65 ID:dsOTff5m0


ソニー・ビーン

アレクサンダー・ソニー・ビーン
15世紀から16世紀のスコットランドにいたとされる人物。一族を率いて多数の人間を殺して食べたとして処刑されたという伝説で知られる。

発端
父の仕事の庭造りや廃棄物処理等を手伝っていたが、労働を嫌い家を出た後一人の女性と知り合い、海岸の洞窟に暮らすようになる。食料を得る為に通りかかる旅人を襲い、現金を奪い、口封じのために必ず相手を殺したとされる。
暫くはそのように生活をしていたが、飢えに苦しむようになると殺した人間の肉も食す事を始めたという。

大家族の形成
ソニー・ビーンとその妻は共に性欲が旺盛であったとされ、男8人、女6人の子供を儲け、更にその子供達は、近親相姦を繰り返し男18人、女14人を産んだという。
最終的にビーン一族は48人の大家族となった。子供達は通常の教育は全く受けず、言葉もたどたどしかったが、旅人を襲って取り逃がす事なく殺害し、解体して食糧に加工する技術を学び、強力な殺人集団を形成した。彼等は専ら人肉を食料としたという。

発覚と逮捕
ビーン一族は、25年間に渡って犯行を続けたが、ある時、1頭の馬に乗って通り掛かった夫婦を襲って失敗し、妻は捕らえて殺す事が出来たが、夫は馬に乗って逃走、待ち伏せていた者達も疾走する馬は停められず、また大人数の集団が接近して来たので、諦めて撤退せざるを得なかった。逃げ延びた男は役所に訴え、ついにその凶行が露見した。そしてスコットランド国王に報告され、事件を重く見た国王は、自ら400人の兵を率いて追捕に赴いた。ビーン一族の洞窟は人間には見付け難かったが、犬が臭いを嗅ぎつけ、一族は全員が捕縛された。洞窟内からは、盗品に混じって夥しい人肉や人骨が発見され、ビーン達の犯行が明るみに出た。
ビーン一族の所業は極めて邪悪なものとされ、裁判は行なわれず、全員が極刑に処せられた。男は両腕両脚を切断されて失血死する迄放置され、女はその様子を見せられた後に火炙りになったという事である。

http://ja.wikipedia.org/wiki/ソニー・ビーン



44:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 20:48:57.79 ID:ySjOR6iG0


ヒトラーの血筋

52:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 21:14:42.48 ID:tt9Iwx2o0


>>44
kwsk


54:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 21:18:34.93 ID:YPwPwY290


>>52
ヒトラーの祖父がユダヤ人かもしれないって話じゃね?


66:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 22:13:26.20 ID:nMTFEYr80


>>54
それヒトラー自身も不安に思ってて科学者に命じて極秘に調査させたんだけど全くユダヤ人との繋がりが見つからなかったらしい




45:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 20:50:06.17 ID:qvelbI9o0


藤原仲麻呂の娘・東子はかねてより「容色並ぶものなき美貌」とたたえられていた。
占い師に東子の将来を占わせると「千人の男の妻になる」と出たので、仲麻呂は怒った。
しかし、仲麻呂が乱を起こして失敗した際、千人の兵士に死に至るまで××された



50:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 20:57:56.54 ID:G4XacHVr0


ドラキュラのモデルとも言われているヴラド4世が布告を出した

「年老いたもの、病人、体が不自由で悩んでいるもの、そして貧者
はすべて城に来るように」

集まった大勢の貧者、浮浪者などが領主からの施しを待っていると
この家に行くように、と命じられる
そこにはたくさんのごちそうが用意してあり、好きなだけ飲み食いをさせた
貧者達は腹も膨れ遊びに興じ始めていると領主ヴラド4世が顔を出し言った

「他に欲しいものはあるかな?」
「ああ、領主さま!神のように気高いお方よ!」
「私はお前たちがもう悩まないで済むようにしてあげたいのだ」
「是非お願いいたします!」

ヴラド4世は家のカギを固く閉め火をつけて皆殺しにした
「これで貧困にあえいだり体の不自由で悩む者は居なくなったぞ!」

67:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 22:15:25.27 ID:nMTFEYr80


>>50
その人警告のために国土を侵したオスマン兵を串にぶっさしてたら残虐非道扱いされただけだぞ



http://ja.wikipedia.org/wiki/ヴラド・ツェペシュ



51:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 21:06:29.00 ID:zwEBycxT0


ケネディ家の呪われた家系

http://ja.wikipedia.org/wiki/ケネディ家の呪い



57:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 21:48:02.79 ID:8G4E/mE70


サンジェルマン伯爵

まあ怖いっていうかオカルトの部類だけど

64:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 22:08:22.96 ID:VM0sA/DSP


>>57
色んな時代を渡り歩いてるんだっけ
第二次世界大戦中にスターリンだかが会って助言貰ったとか何とか


65:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 22:10:50.51 ID:8G4E/mE70


>>64
従者の1人に伯爵は一体何歳なのか聞いたところ「まだ300年しか仕えてないから分からない」とか答えたそうな


72:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 22:36:19.66 ID:E3IznUDxO


>>65ダイヤモンドの傷の消し方とかな


サンジェルマン伯爵

伝説の数々・不死伝説
彼は宝石を散りばめた衣装をまとい、丸薬とパンと麦しか口にせず、ギリシア語、ラテン語、サンスクリット語、アラビア語、中国語に加えて仏・独・英・伊・葡・西の各国語を話したといわれる。身なりに気を使い、クラヴサンとヴァイオリンの名手であり、作曲もこなした。また化学と錬金術に精通しており、ついには不死を可能にする著作をものしたともいわれる。

貴石・宝石の類いにも非常な関心を持って多くを所有していたといわれ、ダイヤモンドの傷を消す秘法を身につけていたとされる。

前世の記憶とそれに関連する知識がある、あるいは、常軌を逸した長寿をもたらす秘薬を持ち、その結果2000年とも4000年ともいう驚異的な記憶を有していたといわれる。カナの婚礼やバビロンの宮廷を巡る陰謀などを語ることができた。哲学者ヴォルテールは1760年4月15日のフリードリヒ2世に宛てた書簡で、サン・ジェルマンについて「決して死ぬことがなく、すべてを知っている人物」であると書き、フリードリヒ2世も彼を「死ぬことのできない人間」と記している。ニコラ・シャンフォール (Nicolas Chamfort) によれば、サン・ジェルマンの使用人に「あなたの主人は本当に2000歳なのですか」と問うたところ、彼は「それはお教えすることができません。わたしはたった300年しかお仕えしていないのですから」と答えたという。

ポルトガル系ユダヤ人とも、ルーマニアのトランシルヴァニア地方にあるラーコーツィー王家の王位継承者王家に縁の人物(ただし、当時ルーマニアは国家としてはまだ存在していなかった)ともいわれ、自分の年齢を2000歳とも4000歳であるともし、ソロモン王やシバの女王と面識があったとも語っていたとされる。十字軍では、パレスチナにおいて、イングランド王リチャード1世とも会話したともいう。また「自分は不老不死なので、霊薬を口にする他は食事は必要としない」と言って、実際に人前では全く食事をしなかったとされる。

作曲家のジャン=フィリップ・ラモーは「自分は人生で何度かサン・ジェルマンに会ったことがあるが、数十年たっても、どれも同じ年齢のサン・ジェルマンだった。彼の存在は神秘そのものだとしかいいようがない」と記している。またセルジ伯爵夫人 (comtesse de Cergy) は同年、大使夫人時代にヴェニスで彼に会ったが、約40年後に再び会った際に全く年を取ったように見えなかったという。こうした証言は非常に多い。サン・ジェルマンは自らの姿を眩ますことができ、また催眠術を身につけていたとされるが、これがこうしたさまざまな噂の発端となっている可能性もある(当時、催眠術は夢遊病や動物磁気による催眠現象に結びつけて考えられていた)。

1760年に謀略によってフランスを離れることを余儀なくされ、その後プロイセン、ロシア、イタリア、イギリス、オーストリアを点々とし、最終的に錬金術に関心を持っていたシュレースヴィヒ=ホルシュタインの領主のもとに辿り着くが、この直後に使用人の女2人の腕の中で亡くなり、大革命の最中の亡霊としてパリに現れたともいわれる。 スパイ容疑についてはさまざまな説があるが、事実があるとしてもその目的は謎である。三重スパイであったともされるが、絶対王政や、さらにはドイツ系の薔薇十字団によるヘゲモニーにも不満を持っていなかったとする証言も多い。

ジャコモ・カサノヴァはオランダのハーグでサン・ジェルマンに面会したという。そのときサン・ジェルマンはアルメニア風の装束に身を包んでいたという。これは17世紀に巷間から消えたいまひとつの長寿伝説、すなわちいわゆる「彷徨えるユダヤ人」について言われることと同じことである。カサノヴァはサン・ジェルマンの名声と欺瞞について疑いを抱いたとされる。また、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテはサン・ジェルマンの弟子であるといわれる。 これらのことからサン・ジェルマンが「ヨーロッパ史上最大の謎の人物」とされることがある。なおサン・ジェルマン研究家によると、サン・ジェルマンは1984年から日本に滞在しているという。

カルボナリ党に入党したナポレオン3世はサン・ジェルマンに関心を抱き、彼に関係する書類等をテュイルリー宮殿に集めるように警察に命じた。この時の資料は1871年に同宮殿を襲った火災によって消失し、サン・ジェルマンの足跡のほとんどがこの時に失われたといわれている。



58:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 21:51:36.09 ID:hpxT+08KO


ハーメルンの話しは実話が元で
今でもなんか石碑か何かあるらしいよね

ハーメルンの笛吹き男
グリム兄弟を含む複数の作者によって記録された民間伝承。
1284年、ハーメルンに「鼠捕り」を名乗る色とりどりの布で作った衣装をまとった男がやって来て、報酬と引き換えに街を荒らしまわるネズミの駆除を持ち掛けた。ハーメルンの人々は男に退治の報酬を約束した。すると男は笛を取り、笛の音でネズミの群れを惹き付けると、ヴェーザー川におびき寄せ、ネズミを残さず溺死させた。ネズミ退治が成功したにもかかわらず、ハーメルンの人々は約束を破り、笛吹き男への報酬を出し渋った。 怒った笛吹き男はハーメルンの街を後にしたが、6月26日の朝(一説によれば昼間)に再び戻って来た。住民が教会にいる間に、笛吹き男は再び笛を吹き鳴らし、ハーメルンの子供達を街から連れ去った。130人の少年少女が笛吹き男の後に続き、洞窟の中に誘い入れられた。そして、洞窟は内側から封印され、笛吹き男も洞窟に入った子供達も二度と戻って来なかった。物語の異説によっては、足が不自由なため他の子供達よりも遅れた2人の子供、あるいは盲目と聾唖の2人の子供だけが残されたと伝えられている。

ハーメルンの笛吹き男



70:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 22:22:53.44 ID:dbrEe7ySi


西太后は心臓の弱い王様を夜中にわっ!っていって驚かせて殺したってきいたことある



60:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 22:00:18.36 ID:zrG5CzF30


フィラデルフィア事件とか

61:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 22:01:06.68 ID:OINwF2aZ0


>>60
マジなオカルトやね


63:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/08/11(日) 22:07:24.65 ID:zrG5CzF30


>>61
あれって創作なの?
この事件研究してるチームがあるとか聞いたんだけど


フィラデルフィア計画
当時は第二次世界大戦の真っ只中であり、実験は新しい秘密兵器「磁場発生装置テスラコイル」を使い、「レーダーに対して不可視化する」というものであった。 エルドリッジの船内には多くの電気実験機器が搭載されており、そのスイッチを入れると強力な磁場が発生 駆逐艦がレーダーからはもとより、肉眼でも認められなくなった。実験は成功したかのように見えたが、不可思議な現象が起こる。実験の開始と共に海面から緑色の光がわきだし、次第にエルドリッジを覆っていったのである。次の瞬間、艦は浮き上がり発光体は幾重にも艦を包み、見る見る姿はぼやけて完全に目の前から消えてしまった。
「実験開始直後に、駆逐艦はレーダーから姿を消す」、ここまでは実験参加者達の予定通りであった。しかし直後にエルドリッジは「レーダーから」どころか完全に姿を消してしまい、おまけに2,500km以上も離れたノーフォークにまで瞬間移動してしまっていたのである。それから数分後、またもや発光体に包まれ艦はもとの場所に瞬間移動した。

結果

体が突然燃え上がった
衣服だけが船体に焼き付けられた
甲板に体が溶け込んだ
発火した計器から火が移り、火達磨になった
突然凍り付いた(冷凍化)
半身だけ透明になった
壁の中に吸い込まれた

また、生き残った乗組員も精神に異常をきたし、エルドリッジの内部は、まさに地獄絵図の如くであった。唯一、影響を受けなかったのは、鉄の隔壁に守られた機械室にいた、一部のエンジニアたちだけだった。
こうして実験自体は成功したが、「行方不明・死亡16人、発狂者6人」という、取り返しのつかない結果になった。このことに恐れおののいた海軍上層部は、この極秘実験を隠蔽したといわれている。

wikipedia
フィラデルフィア計画



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